2028年にはロサンゼルスで、2032年にはブリスベンでパラリンピック競技大会が開催を控えるなか、重要になってくるのが、選手の強化と新たな選手の発掘です。

熱意と素質を兼ね備えた次世代を担う自転車競技選手の卵を見つける発掘プログラム。それが「Challenge paracycling」です。

未来のパラサイクリストを見つけるプログラムの第1回は、3月15日、16日の2日間にかけて実施されました。

本記事では、2日間にわたるプログラムの様子をお伝えします。

まずはパラサイクリング自転車の体験から

今回のプログラムに参加したのは10名。障がいの種類もまひや視覚障がいなどさまざまな方が集まりました。

1日目。会場である伊豆ベロドロームに集合した参加者のみなさんは、発掘を担当する沼部 早紀子ヘッドコーチから当日のプログラムの内容を説明されます。

「まずは競技用自転車に乗り慣れてもらいたい」と、沼部ヘッドコーチ

この日のプログラムは競技用自転車を楽しんで、乗り慣れること。参加者さんはロードバイク、トラックバイクを体験しました。

自転車経験のある参加者は、さっそくベロドロームの走路での走行を楽しまれました。

いわきの競輪場走行会「Cycle Smile IWAKI」に参加されている方の姿も

自転車の経験がない初心者の方は、競技場中央のフラットな場所で練習を実施しました。ブレーキやギアの操作に苦戦する参加者さんにも、スタッフが付き添いアドバイス。自転車の基本的な動作、「進む、曲がる、止まる」を覚えていきます。

2日間を通して参加された瀧口 義宏さんは普段、陸上競技をしている

「発掘事業を楽しみにしていました。ジムの仲間に連絡して、この日に向けて練習していました!」

そう語るのは、参加者の瀧口 義宏さん。今回の発掘事業には瀧口さんの他にも自ら体験会の情報を集めたり、トレーニングに励んだりする積極的な方の参加が目立ちました。

J-STAR発掘プロジェクトにも参加していた辻田 愛稀さん。週3日固定バイクに乗り、トレーニングをしている

2日目はスポーツ経験者や、先日の練習で自転車に乗れるようになった参加者さんが多いことから、競技や測定会さながらの250mフライングや、スタンディングスタートの練習、そしてタイム測定を実施。よりアスリートとしての自転車競技の側面に触れました。

自身と同じ障がいを持つ参加者にアドバイスを送る荒賀 博志さん(写真右)。昔自分が使用していた自転車を用意して乗ってもらった

参加者さんたちの取り組みを見守る発掘担当のスタッフ、荒賀 博志さんは自身も事故により左腕に障がいを抱えています。

そんな荒賀さんは、選手たちや発掘の参加者さんと同じ目線で接する上で、大事にしていることがあるといいます。

「(選手たちと)同じ立場で、知っていることもあるとすぐ教えたくなりますが、正解をすぐに言わずに、本人に考えてもらう時間を作るようにしています。自分の障がいのことも知ってほしいから、協力はするけど、答えは全部教えない。そうすれば、『自分は考えればできるんだ』という自信になりますよね」

「一緒に考えていく」。自分を支えてくれた方の中にも、こういう考え方の人がいたのだろうと荒賀さんは振り返ります。

障がいを持つ方がスポーツを一人で始め、続けることにはさまざまな壁が立ちはだかります。しかし、一緒に考えてくれる人がいれば、悩みを抱え込まずに次に進むことができます。

連盟の発掘プログラムは荒賀さんをはじめ、ひとりひとりの障がいに寄り添い、どうやったら自転車に乗れるか、どうしたら上達できるのかを共に考えるスタッフたちによって支えられているのです。

体験会にはない発掘事業ならではの特徴

日本パラサイクリング連盟では、事務局のある福島県いわき市をはじめとして、全国でパラサイクリング体験会を開催しています。こうした体験会はパラサイクリングの存在を広く認知してもらい、競技普及につなげることを目的としています。

一方で発掘事業では、認知向上のための体験会より一歩進んで、より競技的なパラサイクリングを体験してもらうための専門的なプログラムを取り入れています。

Wattbikeでの測定

今回のプログラムが、普段連盟が行う体験会と違う点のひとつに、データ測定が可能なインドアバイク、「Wattbike」を用いたさまざまな数値の測定があります。

自転車競技はタイムの他に、パワーや心拍数といった数値も大事となってきます。沼部ヘッドコーチは測定の目的をこのように話します。

「(測定は)自転車競技に必要となる基礎的な能力をどの程度持っているのか、自転車競技の中でも適性のある種目はなにかを判断するために実施しています」

今回の測定は高校生の競技者や自転車以外の競技者のWattbikeでの測定値を参考基準として、測定を行いました。

6秒テストは全力、30秒テストは少し抑えた状態でパワーと回転数をキープする

今回行ったのは、6秒テスト30秒テストと呼ばれるもの。

6秒テストは止まっている状態から、その名の通り6秒間一気にペダルを回すテストです。6秒間というのは、一番短い運動能力。テストでは6秒という短い時間でトップスピード、ピークパワーに持っていく爆発的な瞬発力を計測します。

続く30秒テストでは、原則全力で30秒ペダルを回すテストです。10秒ほどで達したピークパワーを20秒キープする過酷なこのテストでは、平均パワーを測定。自転車競技の素質を見るために重要なテストとなっています。

測定の数値は、沼部ヘッドコーチいわく「いま自分が主に実施しているトレーニングが有酸素系なのか、瞬発系なのかでも数値は変わる」とのこと。

では、自転車競技に必要な能力はずばりなにか。沼部ヘッドコーチは次のように語りました。

「自転車競技に必要なのは簡単に言うと、『重たいものを早く動かす能力』です。体重あたりのパワー値が大切になるので、単にピークパワーが高いだけよりも、『絞れた体から繰り出される高いパワー値』を求めています」

自分の競技クラスを知る、クラス分け

パラスポーツには、例えば障がいの特性に合わせた装具の違いなどがあるように、健常者のスポーツと異なる点が多くあります。その一つが、クラス分けです。

パラサイクリングに限らず、パラリンピックスポーツには必ずクラス分けが存在します。

簡易クラス分けを行う小林 敦郎さん。選手をリラックスさせるよう笑顔で会話を弾ませる

ハンデを持つパラアスリートたちの障がいの特性や運動機能をクラス分けの担当者であるクラシファイアが測定し、分類することで、できる限り平等な条件で競技を行うことが可能になるのです。

パラサイクリングについては、自転車の種目として両手を使ってペダルを回すハンドサイクル(H)、三輪自転車のトライシクル(T)、通常の二輪車を用いるバイシクル(C)、二人乗りのタンデム(B)の4つの種目に分けられ、それぞれに細かくクラスが割り当てられることとなります。 

それぞれのクラスの図。写真左上:C、右上:B、左下:T、右下:H

選手は国内大会で国内クラス分けを、国際大会では国際クラス分けを受ける必要があり、国内では現在、全日本選手権で実施されているという点は、選手を目指す上で覚えておくべきポイントです。

通常、クラス分けは医学的(メディカル)クラシファイアと技術的(テクニカル)クラシファイアが二人一組になって行います。ふたつの視点から判断することで、より適切なクラス分けができるのです。

「クラス分けはパラリンピック種目に参加できることを証明するファーストステップ」と古田 雅拓さん(写真右)

メディカルな視点では背景となる疾患や障がいがあるということが前提であることを確認するため、選手から診断書など医療情報を提出してもらい、病気や障がいそのものを分析します。また、体に触れ可動域を測定するなど、現在の状態をチェックします。

テクニカルな視点からは、競技歴を質問したり、実際に自転車を漕いでいるフォームを確認します。その中で、メディカルな視点から対象者の可動域について気づいたことをチェックするなど、横断的な視点でクラスを判断しています。

今回のプログラムには、理学療法士の小林 敦郎さんと古田 雅拓さんが帯同し、参加された皆さんの簡易的なクラス分けを行いました。古田さんはクラス分けについてこう語ります。

「クラス分けと聞くと、身構える方もいます。でも、クラス分けはパラリンピックスポーツに入る始めの一歩ですので、なるべく緊張しないで自然体で受けていただくのがよいなと思います」

アスリートへの道のりを示すパスウェイ

今回のような発掘事業や体験会を経て、パラサイクリング競技に挑戦してみたい、大会に出てみたい、果てはパラリンピックを目指してみたいという思いが芽生えた方は、今後どのような道筋でアスリートとしての歩みを進めていくのでしょうか。

こうした疑問に応えるのが、「アスリートパスウェイ」です。スポーツを始めた方が、将来選手として活躍するまでの成長のステップを示したものを「アスリートパスウェイ」といいます。

アスリートパスウェイの図。F、T、E、Mの四段階に分かれ、それらもさらに細分化される

アスリートパスウェイはF(Foundation)、T(Talent)、E(Elite)、M(Mastery)の4段階に分かれています。4段階の内、Fは基礎的な部分。今回の発掘に参加したような方が属する段階となります。

この段階では、発掘事業や体験会に参加し、自分が自転車に乗れるか、自転車への適性があるのかをチェックします。

自転車に特化したトレーニングを始めた選手は、Tの段階へと進みます。合宿に参加し、どんどんトレーニングのレベルを上げて、より大会へ向けた専門的な練習を行うようになります。

また、このステップでは今回の発掘で実施したような簡易的なクラス分けではなく、全日本選手権で行われる国内クラス分けを受け、自分がどのクラスで走ることが可能かを判断してもらいます。

こうしてトレーニングを続けるなかで、選手が進む道は競技を楽しみながら続けるルートと、国際大会を目指すルートに枝分かれします。

そのうち、国際大会を目指すにあたっては、Tのステップへと進みます。この段階では、連盟協力のもと、育成選手として強化選手と同じようなトレーニングプログラムを積んで、国際大会出場を目指していくのです。

合わせて、このステップに進む選手は大会を目指す環境を自発的に作っていくことも必要になってきます。

「練習を見てほしい、こんな練習をしたいという要望があれば、伊豆やいわきといった練習拠点で、連盟のコーチによる指導を受けることができます。ただ受け身の状態でいるのではなく、積極的にトレーニングを行い、指導を受けてほしいです」と、沼部ヘッドコーチが語るように、世界を目指す強い選手となるには、能動的な姿勢が不可欠となります。

これまでのステップを経て、連盟の強化指定選手に選ばれた場合には、Eの段階へと進みます。この段階に足を踏み入れた選手はワールドカップや世界選手権といった国際大会へ出場するようになります。

自転車競技において、国際クラス分けを確定できるのはワールドカップや世界選手権のみ。こうした点からも、これらの国際大会に出場することは重要な意味を持ちます。

こうして世界大会に出場した選手は入賞以上の成績を目指して戦い、その成績をもってパラリンピックの選考に臨むのです。

パラリンピックを目指すアスリートの道のりは果てしないように見えますが、沼部ヘッドコーチはその歩みは個人差があるといい、次のように語ります。

「相談があれば、それに対して私たちは情報を出せるし、今年はなるべく私たちも皆さんと専門的なトレーニングをする機会というのを提供していきたいと思っています。連盟のお知らせを自分から情報収集し、積極的に育成の活動に参加していただければと思います

可能性を信じて

発掘プログラムの期間中、発掘スタッフは測定の数値だけでなく、競技に対する情熱や取り組みの姿勢、それらすべてを観察し、評価しています。

そして、今回のプログラムに取り組む姿勢や測定値をもとに、次世代アスリートを選考します。次世代アスリートとして選出された選手は育成選手として強化合宿に参加可能となるのです。

「今回の体験は、段階的に競技力を向上させ、自分の競技環境をより高いものに磨いていく第一歩」と、沼部ヘッドコーチが語るように、発掘事業は競技を始める足がかり。

いきなりパラリンピアンレベルの競技力を持つような人だけではなく、アスリートとしての向上心と潜在能力の両方を兼ね備えた将来性のある原石を見つけるのが、発掘事業の持つ意義なのです。

最後に、発掘プロジェクトにはどんな方に参加してもらいたいのか、どんな心意気で参加してもらうのが望ましいのか、沼部ヘッドコーチに聞きました。

「発掘事業は将来的にパラリンピックを目指せるポテンシャルを持つアスリートを見つけ出すことを目的としたタレント発掘事業です。パラリンピックに出ることは簡単なことではありません。たとえ長い年月がかかっても諦めずに競技に取り組み、我々強化チームとともに世界レベルでの活躍を目標にポテンシャルを伸ばすことのできる選手を求めています。高い目標にチャレンジしたい、自分の能力を試してみたいというアスリートの皆さんに参加してほしいです

第2回の実施は11月29日(土)〜30日(日)を予定しています。募集のご案内は各SNSにて行いますので、ぜひチェックしてください。

【発掘事業についてのリンクはこちら】

発掘事業・体験会等 | 一般社団法人日本パラサイクリング連盟発掘事業・体験会等 – 一般社団法人日本パラサイクリング連盟 パラサイクリング連盟では、2028年ロサンゼルスパラリンピックおよび2032年ブ…パラサイクリング連盟では、2028年 jpcfweb.com

【YouTubeにて動画も公開中】

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